vol.2では、クレーに影響を与えた、アカデミー、青騎士、キュビスム、戦争などをとおして、クレーと他の芸術家の接点なども少しご紹介しました。
ここからは、クレーが現代美術の最前線にいる芸術家として知られるようになってから、晩年までの作品をご紹介していきます。
4章:シュルレアリスム
「シュルレアリスム宣言」がなされた1924年。代表される芸術家は何人か浮かんできますが、クレーもその先駆者のひとりとされました。
ここでは、クレーとシュルレアリスムの交流が見える作品をご紹介します。

濃霧の中、確かにそこにある太陽を目指して梯子を登り続けるのは、天上を志向する芸術家。太陽は回転して遠心力を生み出しているようにも見えます。芸術家の天上への志向を象徴しているのかもしれません。
色合いや間合い、余白がピタッとはまっている印象、かつ、明確でないものを目指すための象徴としての太陽かな、なんて感じたりしました。

さまざまな小道具が雑然と配置される空間の中央に、マネキンか人形かが置かれているように見て取れます。薄暗い倉庫ですかね。小道具のひとつひとつに光が感じられるようで、意思を持って動き出しそうな気配がしてきます。
ジョルジョ・デ・キリコの「ヘクトールとアンドロマケーの別れ」(1918年)や、マックス・エルンストの「<生まれよファッション、滅びよ芸術>」(1919年)を想起させます。
これらは撮影NGのため画像はありませんが、展示されているのでぜひ見てみてください。「<生まれよファッション、滅びよ芸術>」は特になんだか刺さるものがありました。

カール・ブロスフェルトが微視的な視点で記録した写真群は、元々は教育目的で撮影されたのだそう。1926年に教育の視点から切り離して画廊で紹介されたブロスフェルトの写真は、新即物主義の先例として評価されていきました。
クレーは植物の微視的な姿に、神による創造と芸術家の芸術の創造の類比を見たのだといいます。他の芸術家たちが空想への入り口を見出す中で、クレーの感性のベクトルはもう少し違う次元に向いていたのかなと感じられます。
5章:バウハウス
ナチス政権下で「退廃芸術」として弾圧され、自主解散という形で閉校を余儀なくされたバウハウスですが、20世紀の芸術シーンに大きな影響を与えました。
1919年に、バウハウスのマイスターとして招聘され、こちらで教鞭を取っていたクレーの作品は、今もなお、後進の芸術家たちに大きな影響を与えています。

直線での切り取り方がすごく好きで。さらに、色の明暗で奥行きのようなものが感じられて。でもどこがいちばん近いところなのかわからない、ソワっとするようなざわつくような印象を受けました。
深めの色合いを白い線で明確に分けていそうに見えてグラデーションのようになっているのも、グッとくるものがあります。伝えられるだけの語彙が欲しい……!!
こちらはクレーにとって特別な作品だったようで、裏面に「遺品コレクションに指定された非売品」と記されているのだそうです。

こちらも線と色の響き合いが印象的。樹木、三角屋根の塔、青いドレスの女性、開く舞台の幕など、劇場の内観・外観、お庭を、黒いヴェールの向こうに見たような風景が描かれています。
波打つ白い水平の線が画面を分節しているように感じられて、どういう意味なのかしばらく考えてしまいます。
樹木の丸い葉の部分が線の中に収まっていることから、もしや楽譜? までは行き着いたのですが、鑑賞後に図録を拝読して、腹落ちってこれか! という感覚を味わいました。
館内のベンチにも図録が設置されているので、お時間とご興味のある方は、ぜひ見てみてください。「はぁ〜なるほど!」ってしてほしい。

パッと見の雰囲気は可愛い「侵略者」。幾何学的な情報で構成されており、上下の赤い帯以外の部分は、定規やコンパスを用いて描かれています。
筆者の感じた可愛さはおそらく、この線のピチッとしたスッキリ感ですね。整然とスッとした感じ、好きです。
定規やコンパスを使った厳格な幾何学性は、カンディンスキー作品に多く見られる造形要素。そのため、同作ではカンディンスキーの構造主義的な作品や芸術論を参照したと考えていいのではないかとされています。
6章:新たな始まり
近代の芸術を共産主義と結びつけ「退廃美術」として弾圧を強めたナチス政権。ヒトラーが政権を握ると、あろうことかクレーは退廃的な「ユダヤ人」とみなされ、140点もの自作を美術館から没収されます。
ここではクレー自身とその時代の危機的状況で制作された作品をご紹介します。

この時期の作品は、前章との違いがあまりに明確にみて取れるものが多く、クレー自身の切実さが滲み出ているように感じます。
ガーゼの上に厚く塗り重ねられた石膏が、ゴツゴツと荒れた肌の触覚を想起させるし、ほとんど抜け落ちてしまった歯からは、殉教者の置かれた状況の厳しさを感じ取ることができます。

中央にかけて山なりにちょっと盛り上がっているの、わかりますかね?
筆者のカメラロールに、前期展示も後期展示も同じ画角の画像がありちょっと笑ってしまったのですが、同作の隆起した画面から感じられる逼迫感というか……が、よほど刺さったのでしょうね。

画像右の「恐怖の発作Ⅲ」(1939年)の、身体を分断され目を見開き苦痛を叫ぶように口を大きく開けた表情は、クレーの身体的苦痛を反映しているように感じられます。
1935年の晩夏頃から謎の体調不良に見舞われていたクレー。急速に進行した自己免疫疾患は改善と悪化を繰り返しながら、否応なしにクレーに死を意識させました。
1938年に立て続いた仲間や支援者の死が、それをより色濃いものにしたのか、翌1939年は、1253点の作品を制作した多作の年だったそうです。
さあ、ここまでたっぷりと展示を楽しんできました。この感動を抱えてミュージアムショップへ行きましょう! 同展も例に漏れず素敵なオリジナルグッズがたくさん。続くvol.4で、購入品を含め、ご紹介していきます。

『パウル・クレー展――創造をめぐる星座』
■会期
2025年3月29日(土)〜5月25日(日)
■会場
兵庫県立美術館 3階
アクセス(美術館公式サイト)
■観覧料
・一般 2,000円
・大学生 1,500円
・70歳以上 1,000円
障害者手帳等をお持ちの方
・一般 500円
・大学生 350円
※障害者手帳等をお持ちの方1名につき、その介助の方1名は無料
※高校生以下無料
※予約制ではありません。混雑時は人数制限を行いますのでお待ちいただく場合があります
※一般以外の料金で利用される方は証明書を観覧当日にご提示ください
※コレクション展の観覧には別途観覧料が必要です(本展とあわせて観覧される場合は割引があります)
■休館日
月曜日
■開館時間
午前10時〜午後6時
入場は閉館30分前まで
『パウル・クレー展――創造をめぐる星座』公式サイト
兵庫県立美術館 公式サイト